名古屋建物株式会社代表取締役 上田賢一さん

上田君は大学時代、建築を専攻していましたが、特に目的もなく、何となく流れに乗るように大学へ通っていたそうです。ところが４年生の時、ゼミの先生のこの一言で意識が変わります。――〝街を、暮らしをデザインしていく楽しい仕事、それが建築家だよ〟。

建築家の道を志した彼は、既にもらっていたゼネコンの内定を反故にして、アトリエ系の設計事務所を訪ね回りました。が、折しも時代は不況のど真ん中、就職超氷河期。受け入れてくれる設計事務所はなく、2年の就職浪人を経て、某マンションデベロッパー企業に就職しました。

しかし建築家の仕事への思いは捨てきれず、数年の後、無謀にも建築会社を設立したのです。当時のことを彼はこう振り返ります。

「デザイナーズマンションの企画をやれるなら、と入った会社でしたが、実際はほぼ営業ばかり。でも、建築を学んでいたこともあって1年目から色々な仕事を任され、とにかく頑張りました。今考えると、その頃の経験は随所で役に立っています。所属していた不動産事業部が独立した会社になってからは一戸建てにも関わり、『建築家とつくる家』の企画も立ち上げ、当初のやりたいことに近づいた……はずでした。ただ、僕の信念である『一つひとつを丁寧に、信用をつくる』と、会社の経営方針とのズレが生じたこともあり、独立を決意しました」

そんな彼の会社には、彼の人柄や生き方に惹かれた人材が集まっています。他の会社を退職して来た人もいます。

「設計をやりたかったはずなのですが、今は自分ではほとんど設計図を描いていません。いいものを作り続けたいという思いはもちろん常にありますが、若い世代に、これだけは誰にも負けないという得意分野を作ってほしいから、できるだけ任せることにしています。頑張れるフィールドを作ることが今の僕の役割。いい表情で仕事をする姿を見ることが喜びになっています」

実は独立する際に、後輩の何人かが一緒にやりたいと言ってくれたが、その時は雇うわけにいかなかったという経緯がありました。「彼らとは今もよく顔を合わせるし、ちょくちょく遊びにも来てくれます。いつかタイミングがきた時に名古屋建物に魅力を感じてくれたなら、その時こそ一緒にと考えています」

経営者として彼は今、「人材が成長する土壌こそ、会社が大樹に育つ条件」と言います。「社員のおかげで会社は成長していけるということを実感しています。同時に経営の厳しさも実感しており、前の会社で感じたズレについても分かる部分があります。それでも信念は曲げませんが」

いつも笑顔を絶やさない上田君は、そのやわらかな雰囲気で「現場がすべて」「楽しくない会社は会社じゃない」と断言します。繰り返すのは「人が集まる会社を作りたい」という言葉です。
これから紡いでいく彼のヒストリー。じっくり話を聞いた今回、それを応援していきたいという気持ちがわき上がってきました。